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北山丸太の歴史は、応永年間(1394−1427)頃にさかのぼるといわれ、室町中期以降、茶の湯の流行に伴い、数寄屋造りの茶室建築に大いに用いられるようになった。
一般に北山丸太といわれるものには、北山タルキ、北山麿丸太、面皮丸太、人造絞丸太、天然出絞丸太などがあり、その特色は数多く、とりわけ材質が緻密で木肌が滑らかで光沢がある。また、木肌の色が美しく、変色もなく、亀裂が入らないとされている。
この白い木肌を作るには、伐採したあとただちに皮をはぎ、真夏の太陽に一週間ほど晒さなければならない。その後水につけ、砂で丁寧に磨かれるのであるが、紺がすりの筒袖にもんぺ、そしてたすき掛けの婦人が、砂を手に生き生きと丸太を磨く姿は、北山杉のふるさと、京都中川ならではの風物詩である。
また、北山丸太は高度の”枝打ち”という技法により均一な太さに仕上げられている。これは、植林後10年を経過した北山杉の枝を3〜4年に一度、下の枝から順次切り落とすことにより、幹の成長を止め、切り口と末口の太さの差を少なくする技術で、一本一本心を込めて生産される北山丸太の特徴となっている。
このような優れた特色は、床柱やタルキなど、それぞれの用途に応じてさし木苗の養成のときから、15〜40年後の伐採に至るまで、一貫した育林技術が確立されていることによるところが大きい。今日の北山林業の繁栄は、こうした先覚者のたゆまぬ情熱や品種改良への努力、また、耕地が少ないという立地条件により生まれた生活の知恵の結実でもある。
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